軽いフットワークで市民の声を政治に活かします
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むとう千里の「はっぴぃ通信」
2013年4月25日 №261
放射能汚染の実態は…、人や町や自然は…
大震災から2年の福島の今を見てきました
 
 東北自動車道を北へ約3時間。福島県二本松市で高速道路を降りようとしたところで、空間放射線量(線量)が上がりました。案内してくださる南相馬市の仮設住宅のYさんと、インターの近くのスーパーで合流。そこの線量は毎時0.85マイクロシーベルト。「部分的に線量が高いホットスポットがまだまだある」とのことでした。

MPは当てにならない

 まずは、二本松市の市民センターにあるモニタリングポスト(MP)近辺へいき、放射線量の測定。MPの数値は毎時0.47マイクロシーベルトでしたが、近くの川辺では2.25という数値。「MPは全く当てに出来ません。その周辺だけは徹底的に除染してあるんです」とYさん。
 そして飯館村へ。福島第一原発から30キロ以上離れていますが、事故当時の天気の影響などで放射能汚染され、計画的避難地域となり全村避難を余儀なくされました。現在は避難指示解除準備区域・居住制限区域(日中立ち入り可)・帰還困難区域の3つに区分けされましたが、北側のごくわずかな地域を除いては、だれも生活していません。のどかな田畑や山の風景、にぎやかだったであろう中学校や小学校、暖かみのある民家、そして除染した後の土が保管されている田圃…もぬけの殻となった村の姿に言葉が出ませんでした。
 居住制限区域の村役場での放射線量は毎時0.82マイクロシーベルト、飯館中学校の近くの草むらでは5.08もありました。一方、村役場のMPは0.56でした。
 地元の方々にとって重大な関心事である放射線量の数値ですが、公的な機関が測定する場所の数値が周辺地域の現実をまったく反映せず、人々に誤った安心感を与えることにしかなっていないのです。

補償問題や健康問題…現状は

 補償の問題では、被害内容がほとんど変わらないにもかかわらず、20キロ圏内、圏外といった人為的な線引きによって分断され、補償額に数千万円もの差がつけられ、それが被災者間に対立を生み出しているとのことでした。
 さらに、健康問題では、調査すらきちんと行われていません。子どもたちに甲状腺がんが発症していることついて政府は「チェルノブイリでは5年後から発症している」などの理由で、原発事故との関連性を否定しています。
 最後に南相馬市小高地区(居住制限区域)へ。海岸沿いは瓦礫が山積みになっていました。区役所では、浪江町の職場で働けなくなり、県の臨時職員として食品の放射能測定に当たっている青年に会いました。今後の生活の見通しも立たない中、立ち入りたくない区域に配属されたことに対する不安と憤りを語ってくれました。
 事故から2年。何も解決していない。時が経つことで、問題がより深刻になってます。多くの人たちに福島の今を知らせ、声をあげなくてはと、決意しました。