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むとう千里の「はっぴぃ通信」
2015年8月6日 №288
住民巻き添え…住宅密集地の飛行場の是非が問われています
住宅に飛行機が墜落炎上
 7月26日、富士見町1丁目の閑静な住宅地に、調布飛行場から飛び立ったばかりの小型飛行機が墜落炎上し、搭乗者2名、住民の方1名が亡くなられました。
 当日、ネットでこのことを知り、急いで現場へ行って目にしたのは、真っ黒に焼け落ちた家屋、門扉の間に頭の部分が突き刺さるようになっている小型飛行機、隣の2軒は屋根の部分が削られていました。
 調布飛行場周辺、とりわけ南側は住宅密集地で、他に、中学校とサッカーや野球のグランドなどがあり、不時着する場所はありません。ひとたび事故が起きれば大惨事になることは必至でした。
 調布飛行場の事故は、1976年以降13件で、全てが小型機の事故です(国土交通省調べ)。1980年には調布中学校の校庭に墜落。幸い住民や子どもたちは無事でしたが、搭乗者2名が亡くなりました。

「移転」の約束たなあげのまま
 戦前帝国陸軍が使用していた調布飛行場は、戦後アメリカ軍に接収され、1973年に全面返還されました。その際、東京都は政府に対し3年以内に代替空港の選定及び移転を条件に空港としての暫定使用を了承しています。さらに、調布中学校への墜落後、当事の運輸大臣は国会で「移転先を探します」と答えています。
 しかし、移転先が決まらないまま、離島への不定期便の運行が増え、1996年東京都と六者協(調布、府中、三鷹3市の市長、市議会議長で構成)が正式飛行場化で合意。地域住民の反対にもかかわらず、2001年都営コミューター空港として開港しました。安全な運行を求める住民の声に、調布市は府中市、三鷹市と共に、東京都と、年間離着陸回数の制限、管制官の配置継続、遊覧飛行の禁止など27項目の内容の協定を締結しましたが、2006年には管制官が撤退、「慣熟飛行」という名の事実上の遊覧飛行が黙認されてきたのです。離島への定期便も増え続けています。

住民の安全第一にただちに対策を
 先日、事故現場近隣の方のお話を伺う機会がありましたが、「日がたつごとに怖さが募ってきた。自家用機は禁止してほしい」とおっしゃってました。他の地域の市民からも「こんな住宅密集地に飛行場は危険すぎる」との声も寄せられています。
 事故後直ちに、調布市、東京都、国土交通省に対して、事故の原因究明、被害者への最大限の支援、自家用機の禁止・管制官の再配置などの安全運行の徹底、将来的に閉鎖をめざし離島便の移転を進めることなどを要望しました。東京都からは、自家用機の禁止、飛行場移転について、要望を持ち帰り検討していきたいとの回答でした。これ以上の事故は絶対におこしてはなりません。安心して暮らせる町のために全力でがんばります。