軽いフットワークで市民の声を政治に活かします
むとう千里の「はっぴぃ通信」
2011年1月13日 228

本当に頼りになる市政とは?衝撃と悲しみの中で痛感しました

 新しい年が始まりました。みなさんはどんなお正月だったでしょうか。私は、命の尊さ、行政の仕事とはいったい何なのか、人と人との結びつきの大切さを痛切に感じた新年でした。
 
 経営難、就職難、長時間過密労働etc…私たちをめぐる労働・生活の条件は大変厳しいものがあります。そんな中で、生きる希望や目的を見失ってしまったり、心身を病んでしまったりする方は少なくありません。しかし、勝ち組・負け組みの言葉に象徴されるように、いったん第一線の社会から離脱した人を、守り支える社会制度はあまりにも貧弱です。

あまりに「無策!」を実感

 私の友人家族も体と心を病み苦しんでいました。彼は病気のため会社を休職することに。しかし、健康保険制度の基準が厳しく、当初予定していた傷病手当が支給されないという事態に直面し、復職の見通しが立たない中、一気に生活困窮に追い込まれました。一方で、彼らが利用できる行政の生活支援策は皆無に等しく、問い合わせのたびに「利用できません」の回答ばかり。全てを失って、生活保護を受けるしか道がないかのような状況です。

 子どもたちの学校の費用だけでもと、就学援助制度の適用申請に市の窓口に出向きましたが、審査対象は“前年度所得”であり、失業なら対象だか休職では対象にならない、等と言われてしまいました。また、実施要綱にある「保護者が傷病もしくは死亡により生活困窮に…」との旨の項目は適用されないのかとの問い合わせにも、「これまでこの項目による適用例はなかった」との説明。それでも、その可能性に期待して、年末ぎりぎりに申請書類を提出しました。

 さらに、傷害福祉年金も受給可能ではないかと、手続き方法を調べてみると、手続きに必要な書類や内容があまりに複雑で、友人家族だけでは手に負えない状況。制度に詳しい仲間が手助けして、ようやく年末になって申請準備にこぎつけたところでした。

 しかし、年明け間もないある日、そうした手立ての結果を待たずして、彼の命は終わりを迎えることになったのです。

ネットワークの一員として

 真面目に懸命に働き、生きてきた彼が、病に倒れた時、社会の風はあまりにも冷たかった。会社からも行政からも、見放された。こんな社会でいいはずはありません。

 いま、残された母と子の心の傷をいやし、これからの生活を支えようと、働き盛りで子育て世代の仲間たちのネットワークが動きだしています。社会保険等に詳しい、生命保険に詳しい、料理が得意…それぞれの得意分野を活かしたネットワークです。

 私がしなければならないこと…突然の困難に直面し、途方に暮れる人々が、本当に頼りにできる市政にすること。日々痛感しながら、新しい年の幕が開けました。